ペレが1970年バロンドールに相応しい理由を考察 - サカなん

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バロンドールは元々、欧州年間最優秀選手賞として1956年に作られた。それから1994年までの39年間はヨーロッパ国籍の選手限定のまま表彰を続けていた。1995年に初めて、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、対象者の国籍を問わないことになった。2007年からは、UEFAに限らず、全世界のリーグも対象となり、晴れて「世界年間最優秀選手賞」の扱いになったのである。とは言え、ワールドクラスの選手がヨーロッパのリーグに一堂に会する現代のサッカー界なのだから、1995年からでも実質「世界年間最優秀選手賞」と言って差し支えないだろう。

このような歴史的背景から、バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直した。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。その内12回が、再評価の結果、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至った。

12回の内の一つは1970年バロンドール。正式な受賞者は、西ドイツ国籍のゲルト・ミュラーだ。しかし、フランス・フットボール誌は、ブラジルのペレが受賞に相応しかったと認定した。ここでは、その理由を考察していく。

 

正式な受賞者 再評価された選手
選手 ゲルト・ミュラー ペレ
国籍 西ドイツ ブラジル
所属 バイエルン・ミュンヘン(西ドイツ) サントス(ブラジル)
ポジション

FW

FW、MF

チーム

タイトル

 

FIFAワールドカップ優勝

主な個人

タイトル

ブンデスリーガ得点王(33試合38得点)

FIFAワールドカップ得点王(6試合10得点)

FIFAワールドカップ最優秀選手賞

その他

要素

FIFAワールドカップ3位入賞

・ブラジル国内公式戦で年間46試合66得点

FIFAワールドカップ3度目の優勝という前人未到の大偉業を達成(現在でも一人だけ)

 

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リエバリュエーション・バロンドール - サカなん

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長いサッカーの歴史上、後世に語り継がれる偉大な選手は数多く存在する。中でもペレディエゴ・マラドーナは、現役時代から今まで数々の伝説を生み出してきた史上屈指のレジェンドだ。全盛期の彼らは、それぞれの時代で世界最高の名を欲しいままにしてきた。しかし、あらゆるタイトルを獲得した彼らでも、ただの一度も受賞したことのない個人タイトルがある。それこそが、今日では”世界最高の栄誉”と言われている「バロンドール」だ。それもそのはず。そもそもバロンドールは欧州国籍の選手を対象に作られたため、当時はブラジル国籍のペレやアルゼンチン国籍のマラドーナがいくら活躍したところで受賞はあり得なかったのだ。1995年になってようやく、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、選手の国籍を問わないことになった。しかしその年には、もちろんペレはとっくに現役を退いていたし、35歳のマラドーナもUEFA加盟国でない母国アルゼンチンでキャリアの余生を過ごしていた。ちなみに1995年のバロンドールはリベリア(アフリカ)国籍のジョージ・ウェアが受賞している。

「全盛期のペレマラドーナがバロンドールの対象者だったら」というタラレバは、世界中にいるサッカーファンが一度くらいはしたことのある妄想だろう。しかし実は、2018年現在の日本ではほとんど知られていないが、この妄想は公式の計らいで現実のものとなっている。

バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直すことにした。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。

1956年の創立以来、欧州選手のみを対象にしていた賞は全部で39回。再評価の結果、その内の12回が、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至っている。その12回は以下の通り。「年」のリンクの先では、正式に受賞している選手と再評価された選手の活躍を比較し受賞理由を考察している。ぜひそちらも読んで、どちらが真のバロンドールに相応しいかを皆さんにも考えていただきたい。

 

正式な受賞者 再評価された選手
選手 選手
1958 レイモン・コパ フランス ペレ ブラジル
1959 アルフレッド・ディ・ステファノ スペイン ペレ ブラジル
1960 ルイス・スアレス・ミラモンテス スペイン ペレ ブラジル
1961 オマール・シボリ イタリア ペレ ブラジル
1962 ヨゼフ・マソプスト チェコスロバキア ガリンシャ ブラジル
1963 レフ・ヤシン ソビエト連邦 ペレ ブラジル
1964 デニス・ロー スコットランド ペレ ブラジル
1970 ゲルト・ミュラー 西ドイツ ペレ ブラジル
1978 ケビン・キーガン イングランド マリオ・ケンペス アルゼンチン
1986 イーゴリ・ベラノフ ソビエト連邦 ディエゴ・マラドーナ アルゼンチン
1990 ローター・マテウス ドイツ ディエゴ・マラドーナ アルゼンチン
1994 フリスト・ストイチコフ ブルガリア ロマーリオ ブラジル
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ペレが1961年バロンドールに相応しい理由を考察 - サカなん

サッカーのデータ一覧 > バロンドール > リエバリュエーション・バロンドール > ペレが1961年バロンドールに相応しい理由を考察

 

バロンドールは元々、欧州年間最優秀選手賞として1956年に作られた。それから1994年までの39年間はヨーロッパ国籍の選手限定のまま表彰を続けていた。1995年に初めて、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、対象者の国籍を問わないことになった。2007年からは、UEFAに限らず、全世界のリーグも対象となり、晴れて「世界年間最優秀選手賞」の扱いになったのである。とは言え、ワールドクラスの選手がヨーロッパのリーグに一堂に会する現代のサッカー界なのだから、1995年からでも実質「世界年間最優秀選手賞」と言って差し支えないだろう。

このような歴史的背景から、バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直した。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。その内12回が、再評価の結果、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至った。

12回の内の一つ、1958年バロンドール。正式な受賞者は、アルゼンチン出身でありながら当時イタリア国籍を取得していたオマール・シボリだ。しかし、フランス・フットボール誌は、ブラジルのペレが受賞に相応しかったと認定した。ここでは、その理由を考察していく。

 

正式な受賞者 再評価された選手
選手 オマール・シボリ ペレ
国籍 イタリア ブラジル
所属 ユベントス(イタリア) サントス(ブラジル)
ポジション

FWMF

FW

チーム

タイトル

イタリアリーグ優勝

・ブラジル・サンパウロ州リーグ優勝

・ブラジル全国チャンピオン統一戦優勝

主な個人

タイトル

・ブラジル・サンパウロ州リーグ得点王(26試合47得点)

・ブラジル全国チャンピオン統一戦得点王(5試合7得点)

その他

要素

・クラブでの全公式戦29試合28得点

イタリアリーグにて9試合17得点の固め打ち

・イタリア代表で5試合8得点

・ブラジル国内公式戦で年間38試合62得点

・伝説のゴール「ゴウ・デ・プラカ」を決めた

 

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ペレの伝説「ゴウ・デ・プラカ」 -サカなん-

サッカーのファンであるならペレという名を知らない人は世界中を探してもそうはいないだろう。キャリアを通して1000以上の得点を挙げており、公式戦に限っても643得点を記録している往年のレジェンドだ。

「王様」と呼ばれ、抜群のセンスの持ち主だったペレは、常人には不可能なスーパーゴールを数多く決めてきた。そして、その中には「ゴウ・デ・プラカ」と名付けられた伝説のゴールがある。日本人ファンはあまり聞き馴染みがないかもしれないが、間違いなく歴史上最も美しいゴールの一つだ。

本記事ではゴウ・デ・プラカについて紹介していく。

 

 

ゴウ・デ・プラカが生まれたのは1961年3月5日のこと。

ブラジル国内ではリオデジャネイロ州リーグ上位クラブとサンパウロ州リーグ上位クラブのみで争う「リオ・サンパウロリーグ」が開催されていた。ブラジル全国リーグがなかった当時、ブラジルの大多数の強豪クラブがリオデジャネイロ州とサンパウロ州に密集していることから、リオ・サンパウロリーグは、国内で最も権威あるタイトルの一つと目されていた。

ペレが所属していたサントスは、サンパウロ州チャンピオンとしてリオ・サンパウロリーグに参加しており、この日はリオデジャネイロ州の超名門フルミネンセとのアウェイ戦に臨んだ。

 

サントスのエースとして活躍していたペレは、弱冠20歳にして既にブラジル最高の選手と評される存在だった。疑う余地もない”最大の脅威”ペレに対し、マラカナン・スタジアムに集結した約4万人のフルミネンセサポーターはブーイングを浴びせていた。

しかし、若き王は試合開始3分であっという間に先制点を奪ってみせ、そのようなプレッシャーはまるで意に介していないことを示した。試合は0-1でアウェイチームのリードのまま進み、前半の終わりが近づいていた。人々の意識が後半の展望へと移り変わろうとしていた前半40分、突如として伝説の瞬間が訪れる。

 

ペレは自陣ペナルティエリア付近でボールを受けた。味方のコウチーニョとドーバルがそれぞれパスコースにポジションを取っていたが、ペレはドリブルで直進することを選択した。目の前にいたバウドとエジミウソンの間をすり抜けると、持ち前のスピードとテクニックでぐんぐんと加速して行き、迫り来るクロービスとアウダイールを抜き去り、ピネイロとジャイール・マリーニョを巧みにかわし、瞬く間に相手ゴール前に到達した。そして、最後はゴールキーパーのカスティージョの動きを見て冷静にシュートを放ち、至高の数秒間を終わらせたのだった。

ブーイングを浴びせていたフルミネンセサポーターはそのゴールを目の当たりにした直後、クラブへの忠誠心や情熱を忘れ、敵であるはずのペレをスタンディングオベーションで祝福していた。ペレ自身も驚きながらも、両手を掲げ、精いっぱい声援に応えた。フルミネンセからの拍手は2分間鳴り止まなかったと言う。

 

現地で観戦をしていた一人に、敏腕ジャーナリストのフィールドのジョエウミール・ベティングがいる。フィールドの端から端まで単独で縦断し、その間に実に7人もの相手選手を打ち負かして決めた芸術的ゴールは、彼に深い衝撃を与えた。ベティングは、所属していたオ・エスポルテ紙の上司に「ペレの今回の素晴らしいゴールを永久に称えるための記念プレートを作りたい」と進言した。この提案は承諾され、彼の出資から同スタジアムに記念プレートが設置されることとなった。プレートには

『1961年3月5日にペレはマラカナン・スタジアム史上最も美しいゴールを決めた -オ・エスポルテ-』と刻まれている。

以来、このゴールは「プレートのゴール=ゴウ・デ・プラカ(gol de placa)」と呼ばれ始め、次第にブラジルでは難易度が高いゴールや美しく芸術的なゴールを説明する際に「ゴウ・デ・プラカ」という表現が使われるようになっていった。

それについてジョエウミール・ベティングは以下のように語った。

「私はゴウ・デ・プラカという言葉の生みの親ではなく、記念プレートを作るために出資しただけに過ぎない。ゴールの生みの親はペレであり、私がプレートを作ったことがきっかけで、人々がそう表現するようになった。そして今では一般的な表現になったね。」

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イングランド国内大会歴代シーズン成績(プレミアリーグ、EFLカップ、FAカップ) - サカなん

サッカーのデータ一覧 > プレミアリーグ > イングランド国内大会歴代シーズン成績(プレミアリーグ、EFLカップ、FAカップ)

 

 

※()内数字は優勝回数

シーズン フットボールリーグ優勝 FAカップ優勝 EFLカップ優勝
1871-72 ワンダラーズ(1)
1872-73 ワンダラーズ(2)
1873-74 オックスフォード・ユニバーシティ(1)
1874-75 ロイヤル・エンジニアーズ(1)
1875-76 ワンダラーズ(3)
1876-77 ワンダラーズ(4)
1877-78 ワンダラーズ(5)
1878-79 オールド・イートニアンズ(1)
1879-80 クラパム(1)
1880-81 オールド・カースジアンズ(1)
1881-82 オールド・イートニアンズ(2)
1882-83 ブラックバーン・オリンピック(1)
1883-84 ブラックバーン(1)
1884-85 ブラックバーン(2)
1885-86 ブラックバーン(3)
1886-87 アストン・ビラ(1)
1887-88 ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(1)
1888-89 プレストン・ノースエンド(1) プレストン・ノースエンド(1)
1889-90 プレストン・ノースエンド(2) ブラックバーン(4)
1890-91 エバートン(1) ブラックバーン(5)
1891-92 サンダーランド(1) ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(2)
1892-93 サンダーランド(2) ウルバーハンプトン(1)
1893-94 アストン・ビラ(1) ノッツ・カウンティ(1)
1894-95 サンダーランド(3) アストン・ビラ(2)
1895-96 アストン・ビラ(2) ザ・ウェンズデイ(1)
1896-97 アストン・ビラ(3) アストン・ビラ(3)
1897-98 シェフィールド・ユナイテッド(1) ノッティンガム・フォレスト(1)
1898-99 アストン・ビラ(4) シェフィールド・ユナイテッド(1)
1899-00 アストン・ビラ(5) ベリー(1)
1900-01 リバプール(1) トッテナム(1)
1901-02 サンダーランド(4) シェフィールド・ユナイテッド(2)
1902-03 ザ・ウェンズデイ(1) ベリー(2)
1903-04 ザ・ウェンズデイ(2) マンチェスター・シティ(1)
1904-05 ニューカッスル(1) アストン・ビラ(4)
1905-06 リバプール(2) エバートン(1)
1906-07 ニューカッスル(2) ザ・ウェンズデイ(2)
1907-08 マンチェスター・ユナイテッド(1) ウルバーハンプトン(2)
1908-09 ニューカッスル(3) マンチェスター・ユナイテッド(1)
1909-10 アストン・ビラ(6) ニューカッスル(1)
1910-11 マンチェスター・ユナイテッド(2) ブラッドフォード(1)
1911-12 ブラックバーン(1) バーンズリー(1)
1912-13 サンダーランド(5) アストン・ビラ(5)
1913-14 ブラックバーン(2) バーンリー(1)
1914-15 エバートン(2) シェフィールド・ユナイテッド(3)

1915~

19

第一次世界大戦のため中止
1919-20 ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(1) アストン・ビラ(6)
1920-21 バーンリー(1) トッテナム(2)
1921-22 リバプール(3) ハダースフィールド・タウン(1)
1922-23 リバプール(4) ボルトン(1)
1923-24 ハダースフィールド・タウン(1) ニューカッスル(2)
1924-25 ハダースフィールド・タウン(2) シェフィールド・ユナイテッド(4)
1925-26 ハダースフィールド・タウン(3) ボルトン(2)
1926-27 ニューカッスル(4) カーディフ(1)
1927-28 エバートン(3) ブラックバーン(6)
1928-29 ザ・ウェンズデイ(3) ボルトン(3)
1929-30 シェフィールド・ウェンズデイ(4) アーセナル(1)
1930-31 アーセナル(1) ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(3)
1931-32 エバートン(4) ニューカッスル(3)
1932-33 アーセナル(2) エバートン(2)
1933-34 アーセナル(3) マンチェスター・シティ(2)
1934-35 アーセナル(4) シェフィールド・ウェンズデイ(3)
1935-36 サンダーランド(6) アーセナル(2)
1936-37 マンチェスター・シティ(1) サンダーランド(1)
1937-38 アーセナル(5) プレストン・ノースエンド(2)
1938-39 エバートン(5) ポーツマス(1)

1939~

45

第二次世界大戦のため中止
1945-46 第二次世界大戦のため中止 ダービー・カウンティ(1)
1946-47 リバプール(5) チャールトン・アスレティック(1)
1947-48 アーセナル(6) マンチェスター・ユナイテッド(2)
1948-49 ポーツマス(1) ウルバーハンプトン(3)
1949-50 ポーツマス(2) アーセナル(3)
1950-51 トッテナム(1) ニューカッスル(4)
1951-52 マンチェスター・ユナイテッド(3) ニューカッスル(5)
1952-53 アーセナル(7) ブラックプール(1)
1953-54 ウルバーハンプトン(1) ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(4)
1954-55 チェルシー(1) ニューカッスル(6)
1955-56 マンチェスター・ユナイテッド(4) マンチェスター・シティ(3)
1956-57 マンチェスター・ユナイテッド(5) アストン・ビラ(7)
1957-58 ウルバーハンプトン(2) ボルトン(4)

1958-59

ウルバーハンプトン(3) ノッティンガム・フォレスト(2)
1959-60 バーンリー(2) ウルバーハンプトン(4)
1960-61 トッテナム(2) トッテナム(3) アストン・ビラ(1)
1961-62 イプスウィッチ(1) トッテナム(4) ノリッジ・シティ(1)
1962-63 エバートン(6) マンチェスター・ユナイテッド(3) バーミンガム(1)
1963-64 リバプール(6) ウェストハム(1) レスター・シティ(1)
1964-65 マンチェスター・ユナイテッド(6) リバプール(1) チェルシー(1)
1965-66 リバプール(7) エバートン(3) ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(1)
1966-67 マンチェスター・ユナイテッド(7) トッテナム(5) クイーンズ・パーク・レンジャーズ(1)
1967-68 マンチェスター・シティ(2) エバートン(4) リーズ・ユナイテッド(1)
1968-69 リーズ・ユナイテッド(1) マンチェスター・シティ(4) スウィンドン・タウン(1)
1969-70 エバートン(7) チェルシー(1) マンチェスター・シティ(1)
1970-71 アーセナル(8) アーセナル(4) トッテナム(1)
1971-72 ダービー・カウンティ(1) リーズ・ユナイテッド(1) ストーク・シティ(1)
1972-73 リバプール(8) サンダーランド(2) トッテナム(2)
1973-74 リーズ・ユナイテッド(2) リバプール(2) ウルバーハンプトン(1)
1974-75 ダービー・カウンティ(2) ウェストハム(2) アストン・ビラ(2)
1975-76 リバプール(9) サウサンプトン(1) マンチェスター・シティ(2)
1976-77 リバプール(10) マンチェスター・ユナイテッド(4) アストン・ビラ(3)
1977-78 ノッティンガム・フォレスト(1) イプスウィッチ(1) ノッティンガム・フォレスト(1)
1978-79 リバプール(11) アーセナル(5) ノッティンガム・フォレスト(2)
1979-80 リバプール(12) ウェストハム(3) ウルバーハンプトン(2)
1980-81 アストン・ビラ(7) トッテナム(6) リバプール(1)
1981-82 リバプール(13) トッテナム(7) リバプール(2)
1982-83 リバプール(14) マンチェスター・ユナイテッド(5) リバプール(3)
1983-84 リバプール(15) エバートン(5) リバプール(4)
1984-85 エバートン(8) マンチェスター・ユナイテッド(6) ノリッジ・シティ(2)
1985-86 リバプール(16) リバプール(3) オックスフォード・ユナイテッド(1)
1986-87 エバートン(9) コベントリー・シティ(1) アーセナル(1)
1987-88 リバプール(17) ウィンブルドン(1) ルートン・タウン(1)
1988-89 アーセナル(9) リバプール(4) ノッティンガム・フォレスト(3)
1989-90 リバプール(18) マンチェスター・ユナイテッド(7) ノッティンガム・フォレスト(4)
1990-91 アーセナル(10) トッテナム(8) シェフィールド・ウェンズデイ(1)
1991-92 リーズ・ユナイテッド(3) リバプール(5) マンチェスター・ユナイテッド(1)

 

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EFLカップ優勝回数 - サカなん

サッカーのデータ一覧 > プレミアリーグ > EFLカップ優勝回数

 

 

プレミアリーグ優勝回数 FAカップ優勝回数 EFLカップ優勝回数 FAコミュニティ・シールド優勝回数

 

イングランドのリーグカップ戦。プレミアリーグとフットボールリーグに所属するチームに参加資格がある。トーナメント方式の一発勝負だが、準決勝のみホーム&アウェイ方式で行われる。優勝チームには、翌シーズンのUEFAヨーロッパリーグの出場権が与えられる。原則的に決勝戦はロンドンのウェンブリースタジアムで開催される。大会の名称は、カーリング・カップやキャピタル・ワン・カップなど、その時期の冠スポンサーによって変わる。

 

クラブ 優勝回数
リバプール 8
マンチェスター・シティ 7
アストン・ビラ 5
チェルシー 5
マンチェスター・ユナイテッド 5
トッテナム 4
ノッティンガム・フォレスト 4
レスター・シティ 3
アーセナル 2
ノリッジ・シティ 2
バーミンガム 2
ウルバーハンプトン 2
ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン 1
ミドルズブラ 1
クイーンズ・パーク・レンジャーズ 1
リーズ・ユナイテッド 1
ストーク・シティ 1
ルートン・タウン 1
シェフィールド・ウェンズデイ 1
スウィンドン・タウン 1
オックスフォード・ユナイテッド 1
ブラックバーン 1
スウォンジー・シティ 1

 

2019-2020シーズン終了時点

 

ペレが1960年バロンドールに相応しい理由を考察 - サカなん

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バロンドールは元々、欧州年間最優秀選手賞として1956年に作られた。それから1994年までの39年間はヨーロッパ国籍の選手限定のまま表彰を続けていた。1995年に初めて、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、対象者の国籍を問わないことになった。2007年からは、UEFAに限らず、全世界のリーグも対象となり、晴れて「世界年間最優秀選手賞」の扱いになったのである。とは言え、ワールドクラスの選手がヨーロッパのリーグに一堂に会する現代のサッカー界なのだから、1995年からでも実質「世界年間最優秀選手賞」と言って差し支えないだろう。

このような歴史的背景から、バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直した。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。その内12回が、再評価の結果、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至った。

12回の内の一つ、1958年バロンドール。正式な受賞者は、スペイン国籍のルイス・スアレス・ミラモンテスだ。しかし、フランス・フットボール誌は、ブラジルのペレが受賞に相応しかったと認定した。ここでは、その理由を考察していく。

 

正式な受賞者 再評価された選手
選手 ルイス・スアレス・ミラモンテス ペレ
国籍 スペイン ブラジル
所属 バルセロナ(スペイン) サントス(ブラジル)
ポジション

MF

FW

チーム

タイトル

スペインリーグ優勝

・ブラジル・サンパウロ州リーグ優勝

主な個人

タイトル

・ブラジル・サンパウロ州リーグ得点王(30試合33得点)

その他

要素

・インターシティーズ・フェアーズカップ優勝(非公式)

 

 

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ガリンシャが1962年バロンドールに相応しい理由を考察 - サカなん

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バロンドールは元々、欧州年間最優秀選手賞として1956年に作られた。それから1994年までの39年間はヨーロッパ国籍の選手限定のまま表彰を続けていた。1995年に初めて、UEFAに加盟するクラブチームに所属しているという条件付きではあるが、対象者の国籍を問わないことになった。2007年からは、UEFAに限らず、全世界のリーグも対象となり、晴れて「世界年間最優秀選手賞」の扱いになったのである。とは言え、ワールドクラスの選手がヨーロッパのリーグに一堂に会する現代のサッカー界なのだから、1995年からでも実質「世界年間最優秀選手賞」と言って差し支えないだろう。

このような歴史的背景から、バロンドールを創立したフランス・フットボール誌は、2016年のバロンドール60周年に際し、1994年以前の受賞者を再度評価し直した。つまり、「創立当初からバロンドールが全世界の選手を対象にしたものだったら受賞者は誰になっていたか」を仮想したのだ。その内12回が、再評価の結果、正規の受賞者とは別の選手が受賞に相応しかったという結論に至った。

12回の内の一つ、1962年バロンドール。正式な受賞者は、チェコスロバキア国籍のヨゼフ・マソプストだ。しかし、フランス・フットボール誌は、ブラジルのガリンシャが受賞に相応しかったと認定した。ここでは、その理由を考察していく。

 

正式な受賞者 再評価された選手
選手 ヨゼフ・マソプスト ガリンシャ
国籍 チェコスロバキア ブラジル
所属 デュクラ・プラハ(チェコスロバキア) ボタフォゴ(ブラジル)
ポジション

MF

FW

チーム

タイトル

・チェコスロバキアリーグ優勝

・リオデジャネイロ州1部リーグ優勝

・リオ・サンパウロリーグ優勝

FIFAワールドカップ優勝

主な個人

タイトル

 

・リオデジャネイロ州1部リーグ最優秀選手賞

・リオ・サンパウロリーグ最優秀選手賞

FIFAワールドカップ最優秀選手賞

FIFAワールドカップ得点王(6試合4得点)

その他

要素

FIFAワールドカップ準優勝

FIFAワールドカップ最優秀選手2位

 

 

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サッカーのデータ一覧 - サカなん

 

選手名鑑

サッカー選手の誕生日

トピック

 

★ナショナル

FIFAワールドカップ

FIFAコンフェデレーションズカップ

UEFA欧州選手権(ヨーロッパ)

コパ・アメリカ(南米)

CONCACAFゴールドカップ(北中米カリブ海)

アフリカネイションズカップ(アフリカ)

AFCアジアカップ(アジア)

OFCネイションズカップ(オセアニア)

オリンピックのサッカー競技

 

★クラブ

イングランドリーグ(プレミアリーグ)

イタリアリーグ(セリエA)

スペインリーグ(ラ・リーガ)

フランスリーグ(リーグ・アン)

ドイツリーグ(ブンデスリーガ)

日本リーグ(J1リーグ)

UEFA主要大会

UEFAチャンピオンズリーグ

UEFAヨーロッパリーグ

UEFAカップウィナーズカップ

UEFAスーパーカップ

クラブ世界一決定戦

インターコンチネンタルカップ/トヨタカップ

FIFAクラブワールドカップ

 

★個人タイトル

バロンドール

ザ・ベストFIFAフットボールアウォーズ(FIFA最優秀選手賞)

UEFA欧州最優秀選手賞

ヨーロッパ・ゴールデンシュー

欧州最優秀ゴールキーパー賞

レイ・デ・アメリカ(南米年間最優秀選手賞)

CONCACAF年間最優秀選手賞

アフリカ年間最優秀選手賞

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プライバシーポリシー

FIFAワールドカップのヒーロー100(1930〜90年大会) - サカなん

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バロンドールでお馴染み「フランス・フットボール誌」がFIFAワールドカップ1994大会前に発表したリスト。第一回の1930大会から1990大会までに出場した全選手を対象にし、最も優秀だった100人の選手を独自に選出している。

 

順位 選手
1 ペレ ブラジル
2 ディエゴ・マラドーナ アルゼンチン
3 フランツ・ベッケンバウアー 西ドイツ
4 ジュスト・フォンテーヌ フランス
5 ゲルト・ミュラー 西ドイツ
6 ガリンシャ

ブラジル

7 ボビー・ムーア イングランド
8 フアン・アルベルト・スキアフィーノ ウルグアイ
9 フリッツ・バルター 西ドイツ
10 ホセ・アンドラーデ ウルグアイ
11 パオロ・ロッシ イタリア
12 ジェフ・ハースト イングランド
13 ヘルムート・ラーン 西ドイツ
14 ゴードン・バンクス イングランド
15 マリオ・ケンペス アルゼンチン
16 シャーンドル・コチシュ ハンガリー
17 エウゼビオ ポルトガル
18 ボビー・チャールトン イングランド
19 シルビオ・ピオラ イタリア
20 ヨハン・クライフ オランダ
21 ジュゼッペ・メアッツァ イタリア
22 ディノ・ゾフ イタリア
23 ローター・マテウス 西ドイツ〜ドイツ
24 アマリウド ブラジル
25 ロジェ・ミラ カメルーン
26 レオニダス ブラジル
27 アントニオ・カルバハル メキシコ
28 アデミール ブラジル
29 ギジェルモ・スタービレ アルゼンチン
30 ウーベ・ゼーラー 西ドイツ
31 カルロス・アウベルト ブラジル
32 テオフィロ・クビジャス ペルー
33 パク・ドゥイク 北朝鮮
34 オルドリッヒ・ネイエドリー チェコスロバキア
35 グジェゴシ・ラトー ポーランド
36 アンジェロ・スキアビオ イタリア
37 フローリアーン・アルベルト ハンガリー
38 トスタン ブラジル
39 ババ ブラジル
40 レイモン・コパ フランス
41 ルイス・モンティ

アルゼンチン

イタリア

42 ジョバンニ・フェラーリ イタリア
43 アルシデス・ギジャ ウルグアイ
44 ヨゼフ・マソプスト チェコスロバキア
45 ユルゲン・シュパールバッサー 東ドイツ
46 ロブ・レンセンブリンク オランダ
47 クルト・ハムリン スウェーデン
48 パウル・ブライトナー 西ドイツ
49 サルバトーレ・スキラッチ イタリア
50 ジョー・ゲイジェンズ アメリカ
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